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広告界の黎明期

広告界の黎明期

日本の広告代理店を売上高でランキングすると、上位3位は次のようになります。

1位 - 電通

2位 - 博報堂(博報堂DYホールディングス)

3位 - アサツー ディ・ケイ(WPPグループ)

(2012年国内売上高順、広告経済研究所「広告と経済」2013年4月21日発行より)

よく「大手広告代理店」の代名詞として名前が登場する電通と博報堂(通称『電博』)ですが、この両者は日本の広告界の黎明期から現代に続く老舗です。 電通は1901(明治34)年設立の「日本広告」を前身とする会社で、第二次大戦中の1936(昭和11)年にニュース通信部門を同盟通信社に譲渡し、広告代理店専業となりました。広告代理店単体としては世界最大の会社です。 一方、博報堂は1895(明治28)年創業で教育雑誌の広告取次店としてスタートし、電通よりさらに早く、日本の近代広告業の創成期から活動を続けている会社です。 さて、日本の広告界の歴史を語る上でもう一社、欠かせない広告代理店があります。それは1888(明治21)年創業の「廣告社」です。電通・博報堂に比べると規模は及びませんが、現在も営業を続けている広告代理店としてはおそらく日本最古の歴史を持つ会社でしょう。さて、明治20~30年頃の日本というのはどのような社会だったのでしょうか。当時の年表を眺めてみましょう。

1887(明治20)年… 東京電燈会社が市内配電を開始

1889(明治22)年… 日本帝国憲法公布 パリ万国博覧会開催

1890(明治23)年… 第1回衆議院議員総選挙 帝国議会開院 東京・横浜で電話交換業務開始

1894(明治27)年… 日英通商航海条約締結 日清戦争開戦

こうしてみるとよくわかるように、この時代は明治維新の動乱がようやくおさまり、近代国家としての日本のあり方がようやく整い始めた頃です。 1870年には日本最初の日刊紙「横浜毎日新聞」が創刊され、1872年には「東京日日新聞(現在の毎日新聞)」と「郵便報知新聞(報知新聞)」が、1874年に「讀賣新聞」、1879年に「朝日新聞」が創刊されています。明治20~30年といえば、これらの新聞各社が基盤を整え、日本全国へと普及・定着した時代です。まだテレビもラジオもない時代、新聞は一般市民にとって唯一のマスメディアでした。当然その広告効果は非常に高く、広告代理店は「広告取次業」として事業を拡大していったのでした。

広告業界の発祥

1897(明治30)年、「東京新聞広告取次同盟会」という団体が設立されました。これは日本初の広告代理店の業界団体といえるでしょう。発足当初はわずか8社でしたが、5年後の1902(明治35)年には全国広告取次業者大会」が開催されています。 こうして明治の終わり頃には、もっぱら新聞広告や雑誌広告をターゲットにしていたとはいえ、おぼろげながら日本の「広告業界」というものが形成させてきたのです。 ムサシノ広告社の創業はこれよりもしばらく後の1930(昭和5)年ですが、この頃もまだマスメディアといえばほとんど新聞・雑誌しかありませんでした。しかし大正年間には私鉄各線が営業を開始、社内広告や駅広告といった「交通広告」が発達し始め、昭和2年には国鉄広告が正式にスタートしたことで、交通広告も広告媒体としての体裁を整えてきていたのです。 ムサシノ広告社は新聞広告・雑誌広告・交通広告・屋外広告など当時のほとんどの広告媒体を取り扱う広告代理店としてスタートし、後に始まるラジオ広告やテレビ広告もその創成期から積極的に取り入れ、常に時代を先取する広告代理店として現在に至っています。

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